技術顧問としての関わり方
- 堤さんはこれまで数社で「技術顧問」をされてきたそうですが、最初はどのような経緯で技術顧問を始められたのでしょうか?
「技術顧問」は2015年のSansan株式会社が1社目です。プレスリリースで技術顧問に就任とはなったものの、普通に手を動かして新機能開発を行っており、特に技術顧問としての契約や報酬があったわけでも、そのような働き方をしていたわけでもありませんでした。Sansanとは今でも良好な間柄で、技術顧問ではありませんが、最近もスポットで開発のお手伝いなどをしています。
まつもとゆきひろ氏、岸川克己氏、堤修一氏、 あんざいゆき氏、山﨑誠氏がSansan株式会社技術顧問に就任
2社目の技術顧問はスタートアップ企業です。社名は出せませんが、アメリカから帰国してフリーの仕事を再開しようとしていた2018年に就任しました。それまでも技術顧問として入ってくれないか、という打診は他社からもいくつかあったのですが、得意ではないからという理由で全部断っていました。
- そうだったんですか!?
「技術顧問」として貢献できるイメージが無かったんですよ。一般的に「技術顧問」は、設計や技術選定といった開発全体に関わる部分でアドバイスしたり質問に答えたりといった業務が多いと思います。僕はそういったところに強みのあるエンジニアではないし、アドバイスのプロではないので実際に手を動かさないと十分に貢献できないのではと考えていました。
- なるほど!では2社目の技術顧問を引き受けるまでに、どのような経緯があったのでしょうか?
その会社のCEOやCTO、さらにエンジニア陣とプロダクトの課題や将来についてディカッションする機会があったのですが、その中で自分の経験が貢献できそうだなという手ごたえを先方も僕も感じたので、オファーを受けることにしました。
- その時の顧問としての仕事内容はどのようなものだったのでしょうか?
事業アイデアを経営陣とディスカッションし、開発プロセスや実装面についての懸念点などを提示していくことです。僕からも様々なアイディアを提案させていただきました。
- まさに経営陣と一緒に0→1のフェーズを作り上げていくイメージですね!
そうですね。経営陣が新事業のアイデアを話してくれるのですが、楽観的な場合もあったので、立ちふさがるであろう様々なハードルを実際に様々なスタートアップの現場を見てきた経験から具体的に提示した点が歓迎されました。
技術面でアドバイスを行うという一般的な「技術顧問」のイメージとは違った働き方だったと思いますが、僕はそれで良いと思っています。
- 以前は「技術顧問」に興味がないというお話でしたが、この時期あたりから、堤さんが考える「技術顧問」像の輪郭が見えてきたと?
今思えばそうかもしれません。「技術顧問」という仕事に定義はないと考えるようになりました。ですから、技術の顧問をやらなくても「技術顧問」になることもありだと思います。
何か手伝ってほしい、関わってほしいなど、企業ニーズに沿った関わり方に「顧問」という名前がつく、というイメージですね。
- ほかの会社で引き受けた技術顧問も、0→1の場合が多かったのでしょうか?
いいえ、それが全部違うんですよ。顧問としての仕事内容が会社によって異なるので、一社一社お話するしかないんです(笑)
例えば、今、株式会社Voicyでも技術顧問をしておりますが、そこではプロダクトの改善と採用面での貢献を期待されています。
僕はもともとVoicyのユーザーだったのですが、CEOの緒方さんからご連絡をいただいて一度お話をさせていただいて技術顧問になりました。
iOSエンジニア 堤修一氏、株式会社Voicyの技術顧問に就任 – Voicy開発チームのネイティブアプリ開発体制を強化 –
- そうなんですね。他のケースではどのような関わり方をされているのでしょうか?
「AR三兄弟」という開発ユニットの顧問を引き受けたケースをお話しますね。
まず背景からですが、「AR三兄弟」はスマホが隆盛する以前から活動しているユニットで、僕もプログラマーになる前から実はファンだったんですよ。その後「AR三兄弟」も表現手段のひとつとしてスマホを使うようになり、僕もプログラマーになって技術的な発信をするようになり、iOSまわりの技術では僕の発信も参考にしていただいてたそうなんです。
「AR三兄弟」のイベントに観客として参加してご挨拶させていただいたときに、技術面での相談役になってほしいとオファーをいただいて、引き受けることになりました。
そこでの顧問としての仕事は、先方からの「こういうことは実現できますか?」という質問をいただくわけですが、実際に試作品をつくって検証したりするパターンも多いです。
「AR三兄弟」の技術領域は、僕が興味のある領域でもありますし、今も引き続き相談役として、ときには開発をご一緒したりして長くお付き合いさせていただいています。
- 仕事内容がだいぶ変わっていきますね。ちなみに最近だとどのような会社で顧問をされているのでしょうか?
直近ですと、機械学習系のスタートアップです。旧知の投資家から機械学習エンジニアとして紹介を受けたのがきかっけです。
僕の技術領域はあくまでiOSで、その機械学習関連の機能を最近よく仕事で扱っているのですが、先方は機械学習エンジニアを探しているという話だったので、たぶん何か勘違いがあるんだろうなと思いつつ、機械学習領域には興味があったのでミーティングはしてみたんですよ。
- 最初は「技術顧問」としてのオファーじゃなかったんですね!
そうなんです。そしてそのミーティングで先方が作っているシステムの構成図を見て、「こういうモデルとこういうモデルが、もうモバイルデバイスでも動くものがあるので、これぜんぶiPadでもできる気がします。」というような話をすると、先方はそのあたりには知見がなく喜んでもらえて。
先方がやろうとしている事業自体についても、「そのビジネスモデルだと、こういったところで苦労しそうです。会社の強みを活かすのであれば、ここに重点を置いたビジネスモデルが向いているのでは? たとえば僕の関わった会社で、こういう強みを持った会社があり…」といった提案をしているうちに、技術顧問として関わって欲しいという話になりました。実装レベルで技術を理解しつつ、数多くの現場や事業と関わってきた経験からのアドバイスが、説得力を持って刺さったみたいです。
初期フェーズでは次の事業の柱になるプロダクト企画の会議で、経営陣に混じって、技術的観点からアドバイスをさせてもらっていました。このあたりは先程お話した2社目のスタートアップ企業と少し近いですね。
ビジネス視点の鍛え方
- 顧問として関わる中で、ビジネス視点からフィードバックすることをを大切にされていると思います。これまでどのような場面でビジネス視点を鍛えられてきたのでしょうか?
フリーランスとして仕事をしていく中で、僕は作業者として単に手を動かすだけでなく、ちゃんと納得できて、かつ面白いと思えるものに自分の時間を使いたいと考えてきました。
だから経営者やプロダクトオーナーとちゃんと話をして、時には納得いかないことや、なぜこれを開発するのか、このビジョンだったらこういう風にやった方がいいのでは、というような提案は常々してきたんです。
そのように経営者やプロジダクトオーナーと直接コミュニケーションしながら取り組んできたから、ビジネス視点も養われてきたのかなと思います。
僕は「技術力」そのものは高くないと思ってるけど、「技術でプロダクトオーナーの課題を解決に近づける力」ではわりと結果を出せているから今も食えている、と思っている / 技術力があるとは? https://t.co/lFHRdtYYuH
— Shuichi Tsutsumi (@shu223) December 30, 2019
- 企業目線でのコミュニケーションの積み重ねが活きているってことですね。
さっきも少し触れましたが、ちゃんと納得して面白いことをやりたい思いが根底にあります。その面白いの中にはビジネスモデルの面白さもあるんです。
報酬体系とモチベーション
- ちなみに報酬体系はどのようにされていましたか?
2種類あります。1つ目は、月1日や3日のように稼働を想定して固定の月額でいただくパターンです。開発単価よりちょっと高い顧問用の1日単価を設定して計算します。2つ目は、実際に関わった分の時給でもらうパターンです。
- 堤さんのモチベーションとしては、技術顧問として単価を上げることよりも、面白い仕事ができることの方がモチベーションは強いのかなと感じました。
はい。自分で手を動かして、まるっと全部作るのはめちゃくちゃ楽しいんですよ。でもそれだとごくわずかのクライアントのお手伝いしかできないので、近年は自分の専門性の活きる部分を機能単位で切り出して、ピンポイントで関わることが多くなってきました。
その場合、自分の時間を大量に使わなくてもよくなりますが、プロダクト全体を作る面白さはあまり無いですね。 逆にプロダクト全体をつくると、本当に自分がプロダクトオーナーのひとりというような感覚で楽しいのですが、どうしても大量の時間を必要としてしまいます。
さらに家族ができ子供もできると、時間が自分だけのものではなくなってきます。僕が朝まで仕事したいと思ってもそういうわけにはいかないんです。そう考えると、実装ってかなり贅沢な時間の使い方だなと。
その点、「技術顧問」的な立場のように、経営者とディスカッションしながらプロダクトや事業の根幹に関わるというのは、効率よく自分の経験を活かしつつ、プロダクト全体にも関われているような楽しさもありますね。
- キャリアを重ねていって一定の年齢になると、ビジネス視点での設計から実装まで幅広くできてしまう。だからこそ、「自分の市場価値」と「市場ニーズ」、「時間の使い方」の3つを総合的に考えていかねばならない、と。
はい。そのなかで比較的「技術顧問」というのは決まった形はありません。時には手を動かすこともありますが、自分もクライアントも「事業を最大限グロースさせるために、より本質的なところで(顧問の)知見や経験を活かそう」と考えるので、全部を手を動かしてつくる時間はないがプロダクトや事業全体が見えるところで関わりたいという自分の状況には結構マッチしてますよね。
今では「技術顧問」という働き方・関わり方をポジティブに捉えられるようになりました。