自分が会社にいなくても誰も困らない状況が生まれた
鈴木:仲山さんほどユニークな経歴の持ち主はいないのではないか、と思うくらい本当に様々な経験をされていますよね。
仲山:僕は新卒で大手家電メーカーに入社したんですけど、組織が大きいと仕事の現場と全体像がわからないことにモヤモヤを感じていました。それでたまたま縁あって、社員がまだ20名くらいしかいなかった楽天に転職することにしました。それこそ、部署も何もない状態。全員であらゆることに対応しながら、楽しくもハードに働いていましたね。
鈴木:まさにスタートアップという感じの働き方をしていたわけですね。
仲山:その後、新規事業として「楽天大学」という出店者の学び合いの場を立ち上げることになりました。その流れから、マネジメントもやることになったのですが、そもそもマネジメントが何なのかもわかっておらず、また増え続ける業務量でキャパオーバーになって行き詰まってしまって。「マネージャー白旗宣言」をしてプレイヤーに戻してもらって、ひたすら出店者さんたちと遊ぶ係をやり続けるうちに、次第に組織で浮いた存在になりました。それに拍車をかけたのが、2004年に三木谷さんがヴィッセル神戸のオーナーになったことです。ちなみに、その情報を初めて知ったのはテレビのスポーツニュースだったんですけど。
鈴木:そんなことってあるんですか。
仲山:大事なことはたいていニュースで知るんですよ(笑)。その直後に社内の合宿があって、たまたま晩ごはんのときに目の前に三木谷さんが座ったので、「サッカー好きです。神戸に行きたいです!」と冗談混じりに伝えたら、本当に「手伝ってきて」と言われて神戸に行くことになりました。それから1年ほどは東京と神戸を1週間おきに往復しながら、今で言うリモートワークのスタイルで働いていたのですが、期せずして僕が会社にいなくても誰も困らない状況が生まれていました。
いくつかの軸で働いているから落ち着いていられる
鈴木:現在は「兼業自由で勤怠自由の正社員」だそうですが、どういう経緯でそうなったのですか。
仲山:周囲を見渡すと、ご一緒している楽天出店者さんは経営者ばかりで、日々「よい組織とは」「理念とは」みたいな話をしているんですね。その中で自分だけサラリーマンであることに違和感を感じるようになり、自分も経営者になってみたいと思ったんです。それを会社に伝えたところ「兼業自由・勤怠自由の正社員でどう?」という話をいただくことになりました。そういう制度が楽天にあるわけでないので完全にイレギュラーです。
鈴木:仲山さんにしか適用されていないルールなんですね。ちなみに、「横浜F・マリノスでプロ契約した」こともあるそうですが、どういう経緯があったのですか?
仲山:縁あって2016年に、横浜F・マリノスでコーチやジュニアユース向けの育成プログラムを担当することになったんです。それで働くにあたって契約形態をどうするか聞かれて、正社員や契約社員のほかにプロ契約もあると言うんです。気になって「プロ契約ってどういうことですか」と聞いたら、個人事業主として会社と契約することだというので、「マリノスとプロ契約したと言いたい!」と思ってプロ契約にしてもらいました。社内の体制が変わって結局1年で契約満了となったのですが、「プロ契約で更新されない選手ってこういう感じなのか!」という学びになりましたね(笑)。
鈴木:そうやって笑い話にしているのがすごいですね。
仲山:その仕事1本だけだったら、そうはいなかったと思います。いくつかの軸で複業ができていたからこそ、落ち着いていられたというか。
鈴木:それは複業のメリットですよね。自分自身、目的とか得たいものに応じて仕事を選べるっていう価値観はこれからどんどん盛り上がっていくと感じています。それに仲山さんは仕事の選び方がすごく内発的じゃないですか。そういう方にハマる仕事を用意するのも、これからの経営者に必要だなと考えています。
仲山:あとは、面白がって仕事をしている人は泳がせておくというか邪魔をしないことかなと。いろいろ自発的に行動していることを否定されたり口出しされるのは、内発の人にとってはしんどいことなので。「それがどう業績につながるか説明してください」と言われても、「やってみないとわからないよ……」と困ることがよくあります。
鈴木:それは仕事をしている上ですごく意識しているし、正しい気がします。
仲山:僕はゴルフのOBラインに例えるんですけど、OBラインがはっきりしている会社だと、新しいことをやるにしても安心してチャレンジできます。逆にOBラインが不明確な会社だと、よかれと思ってやったことが大迷惑になる可能性があるので、「自分で考えてチャレンジする」という働き方がしにくくなります。
鈴木:OBラインってすごく良い例えですね。そういう人を採用しやすいのが複業だなと考えていて。僕らが普通にコースを回っていたら出会えない人が突然茂みから現れてくるわけじゃないですか。
仲山:そうですね。
鈴木:複業人材から今までにない打ち方を学べるかもしれないし、予期せぬシナジーが生まれる気がします。我々が取り組んでいるHR領域もそうですが、サービスはコモディティ化してどんどん低価格になっていくので、オペレーションだけ得意でも自動化ツールに仕事を奪われてしまうだけなので。
敷かれたレールから外れてみると、見えてくるものもある
鈴木:仲山さんはこれから取り組みたいことはありますか?
仲山:将来のキャリアを計画することは一切しないので、今後どうなっていくのかはわかりません。働くことを日々面白がっていたら、いつのまにか予想もしていなかった面白い場所に辿りつくんじゃないかなと思っています(笑)。
鈴木:先行き不透明ですしね(笑)。
仲山:こういう行き当りばったりに見える生き方って、レールから外れたことがない人からするとリスキーに捉えられることもあるのですが、逆なんですよね。むしろ、レールから外れてみたら道路があって、車を手に入れることができたら駅がないところにも自由に行けるわけじゃないですか。
鈴木:その例えは面白いですね。複業は、そのレールから比較的安全に外れやすい方法のひとつかもしれないなと思いました。
仲山:今って、真面目にレールの上を進んでいけば将来が約束される時代ではなくなっていますから。レールの先が渋滞していたり、レールがもう切れていたり。だから、選択肢を増やしておくことが大事なので、複業することの意義は大きいですよね。
鈴木:仲山さんはこれまで数々の事業に携わってきていますが、仲山さんなりに“うまく複業するコツ”ってありますか?
仲山:僕は「加減乗除」と言ってるんですけど、最初は一人前を目指す「加」のステージなので、ここで複業してもあまりうまくいきません。それよりも、本業に集中した方がいいと思います。できないことを減らし、できることを増やす。仕事ができるようになると、どんどん仕事を頼まれるようになって、そのうちキャパオーバーになります。それをうまく効率化してキャパに収められるようになったら、そこには何らかの自分の強みが発揮された状態のはず。つまり、本当に仕事で通用する強みが浮かび上がった状態になります。
鈴木:なるほど、なるほど。
仲山:次は「減」のステージ。自分の得意じゃない仕事を減らしながら、自分の強みを生かせる仕事を増やしていく。そうして強みに磨きがかかると次第に「その強みが必要なので一緒に仕事しませんか」とお声が掛かってくるようになります。それが「乗」のステージで、自分の強みと他人の強みを掛け合わせて価値を生む仕事ができるようになっていく。このステージで複業をするとうまくいきやすいです。
鈴木:それでいうと、Offersで実現したいのは「乗」のステージまで辿りついた人たちが様々な領域で活躍できる社会なのかもしれないと思いました。
仲山:大企業の人たちが懸念しているのって、「加」のステージの人が複業をして本業に支障が出ることなんですよね。それは間違いではないとは思います。大事なのは、「加」ステージの複業と「乗」ステージの複業を一緒くたに捉えて一律に制限する、みたいなルールにはしないことです。
鈴木:複業のメリットについてはどう思いますか?
仲山:複業で価値を生み出すことができるようになると、「上司から評価されるために無理をして働く」という状況も減るはずです。自分がちゃんと仕事をしているのに、上司と相性が合わずまったく評価されないという場合、1社でしか働いていないと「この上司に評価されないとやっていけない」とストレスを抱えることになります。でも、良い形で複業できていれば、「最悪クビにされたとしても生活はできる」と思えるので精神衛生上良いんですね。もうひとつは、「仕事のやりがい」の回復。特に大企業は分業化が進みすぎて、事業の全体像を把握しながら働くとか、お客さんに喜んでもらう経験がなかなかできなくなっています。そういうときに規模の小さな会社で複業すると、全体が見えるから自分の仕事の意味がわかるとか、「お客さんからありがとう」と言ってもらえた、など良い経験が積みやすいと思います。
鈴木:全体像を把握しながら働くことのメリットって、ある意味で経営者目線を持って仕事に取り組めることだと思うんですよね。大企業に勤めている人たちが経験を積む機会を作るために、複業を活用していく流れをさらに加速させていきたいです。
執筆・編集:村上広大
写真:北村 渉(鈴木)、守谷美峰(仲山)