消滅可能性都市でデザイナーとして生きるために
▲ ワークライフインテグレーションをコンセプトとしているGuesthouse & Workcation 黒崎BASE
現状、私は東京と石川県の多拠点勤務をおこなっており、主な生活基盤は石川県加賀市の古民家ゲストハウス「黒崎BASE」に併設した自宅兼事務所となっています。
今でこそDMMも全社的にフルリモートワーク体制になっていますが私の場合は家業であるゲストハウスとデザイン事務所の経営のために企業務めをしながら、かれこれ5年ほどこのスタイルを続けています。
田舎でしぶとく運営
加賀市は消滅可能性都市とも言われる、人口減少率がすごい田舎なのですが、河西家の故郷である里山里海に囲まれた古民家は潰すことのできない想い出の場所だったのでAirbnbを利用した農業民泊として古民家再生の一環として開業し、ワークライフインテグレーションをコンセプトとした「Guesthouse & Workcation 黒崎BASE」として運営しながら無茶な多拠点生活をはじめました。
しぶとく続けてきたかいもあり、多くの企業さんの開発合宿やワーケーションで利用いただけるようになりました。地域と遠方の双方からいらっしゃったデザイナーやエンジニアが集まってChillしながら楽しく仕事したり、何ならグランピングぽいこともできる大人の秘密基地みたいになっています。
このような共創の場をつくれたのはやはり一つの組織中にこだわりすぎず、複業におけるプロジェクトやコミュニティを通して色々な方と関わることができたからだと考えています。
多拠点複業をするメリット
多拠点複業スタイルの最大のメリットは「どちらにも”居る”」というスタンスをとることで得られる信頼性とパートナーシップの機会獲得です。もう一つはこれらを適切な形でアウトプットすることで多様な課題解決の成功や失敗を重ねた経験がある人として期待されることです。これによって関われる事業の幅が広がりますし、話してみたいというきっかけ(テーマ)をつくることができます。
オンライン時代では直接あったり飲み会をするハードルがぐっと上がってしまったため、相手のために時間をつくる動機も複雑になりました。悲しい話ですが、目的もなく話す約束や偶発的な出会いを得づらくなったため、わざわざオンラインで話すことにメリットや自分に情報としての価値がない会ってすらもらえないなんてことも増えてきました。
逆を返せば相手にとって自分が「利用できる」もしくは「学びが得られる」存在であり続ければ物理的な距離による障壁が取り払われましたことで今まで以上にビジネスパートナーと連携を取やすくなります。
地域に軸足を置くメリット
地域移住というムーブメントはすでにワークライフバランスとして各々の利点は違うと思いますが、個人的な感想としては自分の自由な時間をコントロールできようになったことで心理的な安全性をキープしやすくなりました。自然に囲まれたり安い土地があれば庭木の剪定や園芸など仕事以外の趣味を持つこともできます。
しかし、私の場合一番メリットとして感じているのは、デザイナーという職能を活かした地域の一次産業とコラボレーションでビジネスを生み出すという切り口です。地域に軸足をおくことで職能を通した地域課題にアプローチできる機会が得られます。
▲ シナリオスケッチ
例を上げると「旬のお魚ガチャ」というサービスです。リモートワークはじまって1年近く毎日おしげなく水産に通って魚をさばき続けた結果、フードロス対策や在宅ワーカーの運動不足からくる食生活の乱れを解消するソリューションとして朝どれの鮮魚が調理済みの状態で翌日届くというユニークなサービスを生み出すこときっかけとなりました。
生産性を落とさない非同期のコミュニケーション
コロナ禍の前は北陸新幹線をつかって平日は東京で勤務をして週末は石川で過ごすというハードなルーティンでしたが、この経験を元にリモートワーク時代の到来で発生した様々なプロジェクトのコミュニケーション課題にへ対策が取れたのは僥倖でした。非同期のコミュニケーションでいかにプロジェクトを促進するかという課題は非常に取り組みがいのある分野です。
複業の場合はクライアントや組織によってシステム的な制約があり、SlackやDiscord、Figmaといったいくつかのトレンドなコラボレーションツールが活用できないケースもあります。
そういった組織的な仕組みの制約があったとしても電話や対面の対話ではない時間軸でテキストコミュニケーションをおこないプロジェクトを進めていくかは重要です。
選択肢を増やすためのアウトプット習慣
複業のメリットは先程も述べたように多様な成功や失敗を体験を財産として蓄積できることです。タスクベースの仕事であれば要件定義から見積もりに対して期待通りのスピードと品質を担保するスキルが伴っていれば雇用側もプロジェクトを安心してディレクションしやすいです。
逆に難易度の高い課題解決の場合は経験則に依存するため、コンプレックスな課題を突破できるという能力を持つ人材だと認識されないといけません。この場合は今までの自分の仕事と成果を簡潔に言語化できるアウトプットと信頼を蓄積していないと機会は訪れません。
このように複業はプロセスと成果物に自分のキャリア構築にメリットが在るものであれば積極的にアウトプットしておくことで可能性や選択肢を大きく広げます。また、態度や立ち振舞いによって組織やチームとの関わり方も変わるでしょう。
自他認識の一致
複業、前提としてはNDA(秘密保持契約)を結ぶことは必須ですが、自分がプロジェクトにどのように関わり、役割としてどのような成果を残せばゴールなのかを事前に定義することが大切です。契約内容には自身のポートフォリオに加えて良いかという条件も事前に組み込んでおくことは報酬面の交渉での検討材料となるでしょう。
note, Medium, STUDIOなど簡易的にも短時間でポートフォリオをつくる手段は多くなってきました。プロジェクトに関わる適時にふりかえりを実施し、自分のできることと、役割として求められることの自他認識の一致を図ること、それに対して自分のやりたいことのバランスをキープすることは複業スタイルを確立するために非常に重要なファクターであると私は考えています。
「リモートワークだから」はスケールしない
今や企業や組織が事務所を構えることや、直接同じ場所で物理的に働くことの意味を再定義するタイミングです。
すでに多くの企業が働き方に伴う制度設計や支援の仕組みを整えていることや、それらの制度設計を誠実に対応することが組織の社会的信頼性を得ることに大きく影響しています。「リモートワークだから」とか直接顔が見えないから仕事が進まない、課題が解決できないという言い訳が通用しなくなっているのは事実です。
会社を中心とした生活基盤や、プライベートなライフサイクルの設計に検討の余地が生まれたことで「会社勤めする複業デザイナー」や「職住融合スタイル」は珍しくなくなるのも時間の問題だと考えています。
求められるスキル
しかし、本業や副業といった枠組みの中で自由な働き方を求める以上は「リモートワークだから」とか「人間の相性」というエモーショナルな要因を除いた遂行力やコミュニケーションをとるスキルは必要となります。
課題や目的ベースの対話構造、アウトプットを介したコミュニケーションす進め方などが代表的です。共通認識をすり合わせる方法論として直接あうことで解決したつもりになるのではなく、非同期のテキストコミュニケーションや複数人のMTGの際の合意形成のとり方など漸進的な関わり方や姿勢・態度が求められることになるでしょう。
難しい言葉を伝えたい相手にとって伝わりやすいことばや言語に変換して発すること、またデジタルリテラシーの格差で脱落者を産み出さない「共創の場」をつくりだすためにはどうすればよいのでしょうか。
構造化コミュニケーション
リモートワークによって大きく変わったことの一つがホワイトボードの概念化です。自宅や手元に通信環境がありデスクトップPCもしくはモバイル端末があることは前提となってしまいますが、ビデオ会議ツールの画面共有を介して誰でも物理的に同じ距離で資料やドキュメントを視認できるようになりました。
紙で印刷したレジュメや、人数が限られる会議室のホワイトボードを使わずとも、誰でもどこでも会議に参加してビジュアルコミュニケーションが取れるようになりました。
「構造化コミュニケーション」とは速く確実な相互理解のために情報を構造化した図解で視覚化するコミュニケーション技法です。フリースタイルでゴールの見えないミーティングはただでさえ時間の無駄なのに多人数のオンラインミーティングでは更に混沌が極まります。
決めたいことや議論したいことの目的に合わせて適した図解を用いて会議の参加者に発話を促し、具体的には何かを比較したいときは図として表を使い、物事のプロセスを考える検討する場合はフローチャートを使ったりします。UXデザインの分野では仮説ペルソナでサービスの対象ユーザーの生態を明らかにしたり、カスタマージャーニーマップなどでサービスの体験プロセスを明確にすることができます。
これからの働き方
2021年はこれらのリモートワークという働き方や、選択肢や成長の機会を拡張する複業という働き方が、ある種の市民権を得た年でした。今まで「考え方」としてこのような社会的な変革を迎える以前からも、行動を起こして努力を続けてきた方もたくさんいると思います。
仕事を通して自身のキャリアの成長につなげるという点では、一つの仕事に真摯に向き合う働き方や、多様な分野にチャレンジする働き方に優劣はありません。
大切なことは自分の学習習慣をどのようにワークスタイルに馴染ませ、ライフスタイルとの折り合いをつけながら相乗効果を生み出す環境を作れるかと言う点です。
私の場合は情報設計とユーザー体験設計という知識とスキルセットを軸に、ドメインにこだわらずデザイン行為を通して特定の企業や組織をまたいで多くのヒトやコトに向き合うことに価値を感じています。
しかし、必ずしも誰もこのようなスタイルを好ましいと思えるかは微妙ですし、田舎リモートワーク=スローライフとイメージしている方からすればよっぽど生き急いでいるように視えるでしょう。
単純にやっているだけでは時間がいくらあっても足りませんし、プライベートの時間はどんどん削られていきます。だからこそ複業という手段は単に稼ぐための時間の切り売りではなくプロセスを通して成長につなげることが重要ですし、ワークスタイルやライフスタイルを充実させていく丁度よい仕組みを構築しなくてはなりません。
もちろん、うまくいくこともあればバランスを崩すこともあります。そんなアンバランスを楽しみながら不確実性の高いことに向き合っていくことが大好きな人にとっては、田舎であろうが都会であろうがもはや関係なく、これからも多様な人と仕事を通して関わり続けていくことができるのではないかなと思います。
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引用書籍