スタートアップから内定や条件の提示を受けると、提示された年収が今より低い、あるいは同じくらいでストックオプションが付くと言われ、どう受け止めればよいか迷う人は少なくありません。大きな会社の転職と同じ感覚で年収の数字だけを比べると、交渉で使える材料を見落としがちです。

スタートアップの報酬は、毎月受け取る現金、将来の株式の価値に連動するストックオプション、入社時に決まる等級の3つに分けると比べやすくなります。それぞれで確かめる項目と、交渉で伝える順番を、公的な資料と Offers の求人データをもとに整理しました。

スタートアップの年収交渉で分けて確かめる3つの報酬

スタートアップの年収交渉では、現金の年収、ストックオプション(新株予約権)、入社時の等級(グレード)の3つを分けて確かめると、提示の良し悪しを判断しやすくなります。現金の年収は生活を支える確定の収入で、ストックオプションは会社の株式の価値が上がったときに初めて収入になる不確定な報酬です。等級は、入社時の年収だけでなく入社後の昇給の道筋にも関わる位置づけです。

3つを1つの数字にまとめて「総額でいくら」と比べると、確定の収入と不確定な報酬が混ざります。交渉では、現金の年収で生活と前職からの変化を確かめ、ストックオプションは条件を確かめたうえで上乗せの可能性として扱い、等級は入社後に年収がどう伸びるかの根拠として聞く、という分け方が出発点になります。

報酬

性質

交渉で確かめること

現金の年収

確定の収入

年収帯の中の位置・賞与や固定残業代の内訳

ストックオプション

株式の価値に連動する不確定な報酬

付与数・権利行使価額・税制適格か・行使の条件

入社時の等級

昇給の道筋を決める位置づけ

等級の数・各等級の年収帯・見直しの時期と条件

IT職の正社員求人の年収の幅は中央値350万円

Offers に公開中の正社員の IT職求人(スタートアップに限らない)では、年収の下限の中央値が500万円、上限の中央値が900万円で、上限と下限の幅の中央値は350万円でした(Offers(株式会社overflow)調べ・年収の下限と上限を記載した正社員の IT職求人 n=603・2026年10月10日時点で公開中)。幅が300万円以上の求人は66.0%を占めます。

求人に書かれた年収帯の中のどこで迎えられるかを決めるのは、選考の評価と交渉です。下限に近い提示を受けたときは、その年収帯の上の方にどんな経験や役割の人が入っているかを聞くと、何を示せば上の位置に近づけるかが見えてきます。

ストックオプション(新株予約権)の条件は、選考の中で確かめる項目です。聞きたい点を準備しておくと、提示を受けたときに比べやすくなります。

提示額が年収帯のどのあたりかを判断する物差しとして使えるのが、同じ職種の求人の年収帯です。Offers Jobs のエンジニアの求人やデザイナーの求人の一覧では、求人カードに年収の下限と上限が出ます。

小規模な事業所ほど前職の賃金より相場を見る

厚生労働省「令和7年転職者実態調査の概況」で、転職者の賃金を決める際に「前職の賃金」を考慮した事業所は、規模1,000人以上で48.1%、5〜29人で24.4%でした。規模が小さい事業所ほど前職の賃金を考慮する割合が低く、「賃金の世間相場」を考慮する割合は5〜29人で36.4%と、1,000人以上の25.7%を上回ります。

事業所規模

前職の賃金

これまでの経験・能力・知識

賃金の世間相場

1,000人以上

48.1%

85.2%

25.7%

300〜999人

43.0%

76.9%

23.5%

100〜299人

37.7%

70.7%

25.1%

30〜99人

31.3%

63.3%

30.2%

5〜29人

24.4%

56.6%

36.4%

出所:厚生労働省「令和7年転職者実態調査の概況」表5(2026年9月25日公表・事業所調査の有効回答 n=9,154 のうち転職者がいる事業所を100とした割合・複数回答)。

事業所規模は会社全体の従業員数ではなく、スタートアップだけを集めた値でもありません。それでも、従業員の少ない会社へ移る場合は、前職の年収を基準にした「今より何%上げてほしい」という伝え方が通りにくい場面があると読めます。

業種で見ると、情報通信業は前職の賃金を考慮する事業所が50.7%と産業計の27.0%を上回り、これまでの経験・能力・知識は81.3%でした。前職の年収を伝えたうえで、担う役割と同じ職種の求人の年収帯を交渉の根拠に加えておくと、どちらの決め方の会社にも話が通じます。

資金調達の段階で変わる交渉の余地

スタートアップでは、資金調達の段階によって、現金の年収に回せる原資とストックオプションの見込みが変わります。調達の直後で採用を広げている時期と、次の調達を待つ時期とでは、同じ役割でも提示できる年収の上限が違ってくる場合があるでしょう。提示の背景にある会社の状況を聞いておくことが、交渉の余地を知る手がかりです。

選考の後半やオファー面談で聞いておきたいのは次の3点です。

  • 直近の資金調達の時期と、次の調達や黒字化の見通し
  • 今回のポジションの年収帯を、どの段階の計画で決めたか
  • 給与の見直しの時期と、調達や業績によって見直しの幅が変わるか

聞き方は「入社後の年収の伸び方を判断したい」という目的を添えると角が立ちません。現金の年収が希望に届かないときは、入社時の等級や初回の見直し時期、ストックオプションの条件など、現金以外の項目で調整できるかを相談する余地が生まれます。選考段階ごとの準備は「スタートアップの面接で問われること」も参考にしてください。

等級が決まっている会社は入社時の等級を交渉する

等級(グレード)ごとの年収帯を定めている会社では、交渉の対象は金額そのものより入社時にどの等級に置かれるかになります。求人の報酬欄に、等級ごとの年収帯を並べている求人もあります。確かめたいのは、等級の数、各等級の年収帯、入社時の等級を決める基準、上の等級に上がる条件の4点です。提示された金額が等級の中のどこに当たるかは、この4点から分かります。

等級の制度を作っている途中の会社では、入社時の金額に加えて、入社後の最初の見直しの時期と基準を決めておくことが交渉の中心です。「半年後の評価で等級と年収を見直す」といった約束は、口頭のままだと入社後に確かめられません。

労働基準法施行規則第5条は、賃金の決定・計算・支払の方法と昇給に関する事項を労働条件として明示するよう定めていますが、書面の交付で明示する事項からは昇給に関する事項を除いています。見直しの時期や条件は、労働条件通知書に書かれない場合を想定し、オファーの書面やメールに書いてもらうよう頼んでおくと安心です。

ストックオプションは税制適格かと行使の条件を確かめる

ストックオプションの条件では、まず税制適格かどうかを確かめます。経済産業省の「ストックオプション税制」は、権利行使時の時価と権利行使価額の差額への給与所得課税を株式売却時まで繰り延べ、売却時に売却価格と権利行使価額の差額を譲渡所得として課税する制度です。

国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(令和6年11月最終改訂)は、無償で付与される税制非適格のストックオプションと税制非適格の信託型のストックオプションについて、権利行使時の経済的利益を給与所得としています。どちらの場合も、権利行使の際に発行会社による源泉所得税の徴収と納付が必要という扱いです。

種類

権利行使時

株式の売却時

税制適格

給与所得の課税を売却時まで繰り延べ

売却価格と権利行使価額の差額が譲渡所得

税制非適格(無償で付与)

行使時の株価と権利行使価額の差額が給与所得(発行会社が源泉徴収)

売却時の株価と行使時の株価の差額が株式譲渡益

税制非適格(信託型)

経済的利益が給与所得(発行会社が源泉徴収)

売却時の株価と行使時の株価の差額が株式譲渡益

出所:経済産業省「ストックオプション税制」(2026年10月10日閲覧)・国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」問1・問3(令和6年11月最終改訂)。

税制適格では、年間に権利を行使できる金額(年間の権利行使価額)に上限があります。令和6年度税制改正で、設立5年未満の株式会社が付与するものは年2,400万円、設立5年以上20年未満で非上場または上場後5年未満の株式会社が付与するものは年3,600万円へ引き上げられました。権利行使期間の要件は付与決議日後2年を経過した日から10年までで、設立5年未満の非上場会社は15年までです。

交渉の場では、付与される数とそれが発行済株式に占める割合、1株あたりの権利行使価額、税制適格か非適格か、行使できる条件(上場・在籍期間など)、退職したときの扱いを聞いておきます。ストックオプションの価値は会社の株式の価値と上場などの機会に左右されるため、現金の年収の不足分を埋めるものとしてではなく、条件を確かめたうえで上乗せの可能性として比べるのが堅実です。

交渉で伝える順番は役割・等級・現金・ストックオプション

スタートアップとの年収交渉は、担う役割を確かめ、入社時の等級を合わせ、現金の年収を詰め、最後にストックオプションの条件を確かめる順で伝えると、話が前後せずに進みます。役割が決まらないまま金額だけを先に出すと、等級の根拠が無いまま数字の押し合いになりやすいからです。

  1. 役割: 入社後に任される範囲と、最初の半年から1年で期待される成果を確かめる
  2. 等級: 役割に見合う等級と、その等級の年収帯を確かめる
  3. 現金の年収: 前職の年収と同じ職種の求人の年収帯を根拠に、希望額とその理由を伝える
  4. ストックオプション: 付与数・権利行使価額・税制適格か・行使の条件を確かめる
  5. 書面: 年収・等級・見直しの時期・ストックオプションの条件を、オファーの書面かメールに残してもらう

希望額は「前職の年収から何%上げたいか」ではなく、「この役割とこの経験なら年収帯のこの位置が妥当と考える」という形で伝えると、等級や相場で年収を決める会社にも受け止めてもらいやすくなります。選考の前の面談で年収帯を確かめる聞き方は「カジュアル面談の年収の聞き方」、内定後の交渉のタイミングは「エンジニアの転職での給与交渉のタイミングと進め方」にまとめています。

希望額の根拠にする年収帯は、職種ごとの求人の一覧で確かめるのが手早い方法です。Offers Jobs のエンジニアの求人とデザイナーの求人では、正社員の求人の年収の下限と上限を一覧で見比べられます。