退職の引き止めに迷ったときの判断の軸は、転職を考えた理由が、引き止めで示された条件によって本当に解消するかどうかです。昇給や昇格を提示されても、仕事の中身や評価のされ方への不満が理由なら、条件が変わっても同じ悩みが残りやすくなります。

退職交渉は、転職先の入社日と現職の退職日の両方から逆算して進めると、引き止めに時間を取られても予定が崩れにくくなります。法律が定める期間、就業規則の申し出の期限、引き継ぎと有給休暇の日数を並べると、いつまでに何を伝えるかが日付で決まるためです。

扱うのは、中途の転職で内定を得てから現職を退職するまでの場面です。

退職交渉は内定の確認から入社日までを7つの順番で進める

退職交渉は、転職先の労働条件を書面で確かめてから現職に伝え、退職日と入社日を合わせる順番で進めます。現職に伝える前に転職先の条件を確かめておくと、引き止めで条件を示されたときにも、比べる材料が手元にそろいます。

順番

やること

確かめる点

1

転職先の内定と労働条件を書面で確かめる

年収・職務・勤務地・入社日の候補

2

現職の就業規則で退職の申し出の期限を確かめる

「退職の1か月前までに申し出る」などの定め

3

直属の上司に、退職の意思と希望の退職日を口頭で伝える

伝える場は1対1で、時間を取ってもらう

4

退職日を合意し、会社の手続きに沿って退職届を出す

退職届の書式・提出先

5

引き継ぎの計画を作り、上司と合意する

引き継ぐ相手・資料・期限

6

有給休暇の残りの日数を退職日までの日程に組み込む

最終出社日と退職日の違い

7

最終出社日に返却物を返し、退職後の書類を受け取る

社員証・貸与されたPC・源泉徴収票など

(編集部の整理)

転職先に入社日の候補を伝えるのは、順番3で上司と話す前が目安です。現職と話し合う前に入社日を固く約束すると、引き継ぎの量によって退職日が後ろにずれたときに調整が難しくなります。内定の段階で伝える入社日は、「◯月上旬から中旬」のような幅のある形にしておくと安全です。

退職の申し出から退職日までの期間は民法と就業規則で確かめる

正社員のように雇用の期間を定めていない契約について、民法第627条第1項は、各当事者がいつでも解約の申入れをすることができると定めています。雇用は、申入れの日から2週間を経過することによって終了します(出典:民法 第627条)。

同じ条の第2項は、期間によって報酬を定めた場合の申入れの時期を定めていますが、対象は「使用者からの解約の申入れ」です。

契約社員のように雇用の期間を定めた契約には、民法第628条などの別の定めがあります。期間の途中で辞めたい場合は、契約書と就業規則を読み、早めに会社と相談するのが確実です。

就業規則で「退職の1か月前までに申し出る」のような期限を定めている会社もあります。法律の2週間とは別に、会社の決まりとして示されている期限なので、引き継ぎを円満に進めたいなら、就業規則の期限に合わせて早めに伝えるほうが、話し合いがこじれにくくなります。

退職日までの期間の見積もりに使うのは、次の3つです。

要素

決め方

例

申し出の期限

就業規則の定め(無ければ民法の2週間)

1か月前

引き継ぎの期間

担当する業務の量と、引き継ぐ相手の決まり方

3週間

有給休暇の消化

残っている日数

10日(2週間)

(編集部の試算例)

例の場合、申し出から最終出社までが3週間、その後に有給休暇の2週間を続けると、退職日は申し出からおよそ5週間後です。就業規則の1か月の期限も満たすので、転職先に伝える入社日はこの退職日より後に置き、引き止めで話し合いが延びる分の余裕も見ておくと予定を保てます。

有給休暇について、労働基準法第39条第5項は、使用者は労働者の請求する時季に有給休暇を与えなければならないと定めています。同じ項のただし書きは、請求された時季に与えることが事業の正常な運営を妨げる場合に、使用者が他の時季に与えることができるとしています(出典:労働基準法 第39条)。残りの日数は、退職日を決める話し合いの最初に上司と共有しておくと、後から日程を組み直さずに済みます。

退職の引き止めは4つの型に分かれる

退職の引き止めは、気持ちに訴える、条件を提示する、時期を先へ延ばす、圧力をかけるの4つの型に分かれます。型によって返し方が違うので、最初に見分けたいのは、どの型の引き止めを受けているかです。

型

よくある言い方

返し方の軸

気持ちに訴える

「君がいないと困る」「期待していた」

感謝を伝えたうえで、退職の意思は変わらないと伝える

条件を提示する(カウンターオファー)

「年収を上げる」「次の評価で昇格させる」「希望の部署へ異動させる」

転職を考えた理由が解消するかで判断する

時期を先へ延ばす

「プロジェクトが終わるまで待ってほしい」「後任が決まるまでいてほしい」

引き継ぎの計画を示し、退職日を具体的な日付で合意する

圧力をかける

「辞めるなら損害賠償を請求する」「退職届は受け取らない」

法律で確かめ、上司の上長や人事、外部の窓口に相談する

(編集部の整理)

気持ちに訴える引き止めには、これまでの経験への感謝を伝えつつ、退職の理由を詳しく説明しすぎないことが大切です。理由を細かく話すほど、一つずつ「それなら解決できる」と返され、話し合いが長引きやすくなります。

カウンターオファーは転職を考えた理由が解消するかで判断する

カウンターオファー(退職を申し出た人に、現職が昇給・昇格・異動などの条件を示して残留を求めること)を受けたときの判断の軸は、提示された条件で、転職を考えた理由そのものが解消するかどうかです。年収だけが理由なら条件の提示で解消することもありますが、仕事の中身・技術の環境・評価のされ方・働き方が理由なら、年収が上がっても同じ悩みが続くことがあります。

判断するときに確かめたいのは、次の4点です。

確かめる点

見るところ

転職を考えた理由との対応

提示された条件が、理由のどれに当たるか

条件の確かさ

書面で示されるか、時期と金額が決まっているか

一度きりかどうか

昇給の後の評価制度や昇格の基準が変わるのか、今回だけの対応か

転職先と比べた差

年収だけでなく、職務・裁量・技術の環境・入社後の伸び方

口頭の「次の評価で昇格させる」は、時期も基準も決まっていないことがあります。残る方向で考えるなら、条件を書面で出してもらえるかを確かめてから判断してください。

カウンターオファーを受けて現職に残ると決めたら、内定先には早めに辞退を伝えます。転職先は入社に向けて受け入れの準備を進めているため、連絡が遅れるほど相手の負担が大きくなります。

内定を得たあとに気持ちが揺れること自体は珍しくありません。迷いの理由を整理したいときは、内定ブルーの記事も参考になります。

プロジェクトの途中・後任不在のときの進め方

プロジェクトの途中や後任がいない場面でも、退職日を具体的な日付で決めたうえで、引き継ぎの計画を自分から示すと、引き止めの話を「いつまでに何を渡すか」の相談に変えられます。後任を誰にするか、プロジェクトの体制をどう組み直すかは会社が決めることで、退職する側の役割は、担当していた業務を渡せる状態にすることです。

引き継ぎの計画に書くのは、次の4つです。

  • 担当している業務・システム・関係者の一覧
  • 引き継ぎ資料(設計の意図・運用の手順・未解決の課題)の置き場と完成の期限
  • 引き継ぐ相手が決まっていない業務の扱い(相手が決まるまでの暫定の担当を上司と決める)
  • 最終出社日までの日程(資料の作成・説明・一緒に作業する期間)

プロジェクトの区切りまで残ってほしいと言われたら、区切りの時期と入社日の差を確かめます。差が数週間なら転職先に入社日の相談をする余地がありますが、区切りが何か月も先なら、引き継ぎの計画で対応できる範囲を示して、退職日は変えないほうが入社後の予定を守れます。

入社日を動かす必要が出たときは、まず転職先に相談してください。Offers に掲載された正社員求人のうち、「面接日・入社日は相談に応じます」「入社時期は相談可能」のように、入社日・入社時期の相談に応じると求人の本文に明記している求人は6.0%でした(Offers(株式会社overflow)調べ・他社の求人をまとめて載せる2アカウントを除いた正社員求人 n=2,477・2022年3月〜2026年10月公開)。

本文に書かれていない求人でも、入社日は内定の段階で相談できる項目です。応募の時点で入社日の相談に応じる書き方があるかを見ておくと、退職交渉が長引いたときの見通しを立てやすくなります。

これから応募先を選ぶ段階なら、Offers にプロフィールと経歴を登録しておくと、エンジニア・デザイナー・PdM を募集する企業からスカウトが届き、カジュアル面談で入社時期の考え方も含めて話を聞いてから選考に進めます。

SES(システムエンジニアリングサービス)の契約で客先に常駐し、案件の途中で辞める場合は、契約の関係者が増えるので、SES の退職の流れも合わせて確かめてください。

強い引き止めを受けたときに法律で確かめられること

「辞めるなら損害賠償を請求する」「退職は認めない」といった強い引き止めを受けたら、労働基準法と民法の条文で、会社に禁じられていることと、退職の申し出の扱いを確かめられます。

条文

定めていること

労働基準法 第5条

使用者は、暴行・脅迫・監禁その他、精神または身体の自由を不当に拘束する手段で、労働者の意思に反して労働を強制してはならない

労働基準法 第16条

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約をしてはならない

労働基準法 第22条

労働者が退職の場合に使用期間・業務の種類・地位・賃金・退職の事由の証明書を請求したら、使用者は遅滞なく交付しなければならない

労働基準法 第23条

労働者が退職した場合に権利者の請求があったら、使用者は7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならない

(出典:労働基準法の条文を編集部が要約)

第16条が禁じているのは、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償の額をあらかじめ決めたりする契約です。「途中で辞めたら違約金を払う」のような定めを労働契約に置くことは、この条文が禁じる契約に当たります。条文が対象にしているのは額をあらかじめ決める契約で、実際に生じた損害の賠償を求めることまでは定めていません。期間の定めのない雇用では、民法第627条第1項により、退職の申し出から2週間を経過すると雇用は終了します。

退職届を受け取ってもらえないときに残しておきたいのは、退職の意思と希望の退職日を書いた書面を、日付が残る方法で会社に届けた記録です。その記録があれば、申し出をした日を後から示せます。

直属の上司と話が進まないときは、上司の上長や人事に状況を伝えます。社内で解決しないときの窓口は、厚生労働省が各都道府県労働局や全国の労働基準監督署内などに置く総合労働相談コーナーです。予約は要らず無料で、面談か電話で専門の相談員が対応します。

退職を伝える前後に内定先と確かめておくこと

退職を伝える前後に内定先と確かめておくのは、入社日の幅、労働条件の書面、退職交渉が長引いたときの連絡先の3つです。現職との話し合いの進み具合を内定先に早めに共有しておくと、入社日の調整が必要になったときにも話が早く進みます。

確かめること

時期

ポイント

入社日の幅

内定を受ける前後

「◯月上旬から中旬」のように幅を持たせ、最も早い日と遅い日を伝える

労働条件の書面

内定を受ける前

年収・職務・勤務地・試用期間が、面接で聞いた内容と合っているか

長引いたときの連絡先

退職を伝えた直後

入社日の相談を誰に、いつまでにすればよいか

転職活動全体の期間の中で退職をいつ切り出すかを考えるときの参考は、エンジニアの転職活動期間と退職のタイミングの記事です。

退職を伝える前に次の職場の候補を比べておきたいときは、Offers で IT プロダクト職の正社員の求人を探せます。